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2015-08-22 (土) 13:30~
指定なし
「信仰を語る会」

 

アッサラーム・アライクム

標記の会を以下の通り開催しますので、ご案内致します。

 

日時;822(土)13時半開始。出席は時間厳守でお願いします。

場所;JMA代々木事務所

内容;『イスラームの善と悪』平凡社新書、ただし次回は57~63及び122125ページ。

幹事;アミーン水谷理事

特記事項;男女成人対象。事前登録不要、会員の紹介による非会員・非ムスリムの参加可能。飲み物は各自持参。

 

  1. 前回はイスラームにおける正義と不正についてでした。いずれも日本よりもはるかに日

    常生活の中に生きた形で扱われている点を初めとして、大きな違いがあります。

    <正義・公正>

    アッラーに認められた人間の正当な権利(ハック)が実現していることが正義の内容。権利と真理は同じ言葉であり、正義とは真理を愛することでもである。つまり信仰と直結していることが確認できる。「本当にアッラーは、公正と善行、そして近親に対する贈与を命じ、またすべての醜い行いと邪悪、そして違反を禁じられる。」(蜜蜂章1690)とあり、アッラーの人に対する第一の命令は正義という徳目であった。

    多くのテロ行為が正義の名目の下で横行している。政治行動についてはクルアーンの一般原則的な規定があっても、具体的な事案に対応した詳細な規定はイスラーム法においても、さらに実定法においても見出せないことが多い。そうすると直接行動の口実としてその一般原則にいきなり立ち戻ってしまうのである。このような重要な徳目に関する拙速な論理飛躍を食い止めるには、より具体的現実的な詳論が法学において必要だということになる。

    <不正>

     不正は一般的には、他者の権利を不当に奪うことである。不正については正義よりも細かな言及がクルアーンにあるが、分野は経済関係が主である。(利子、詐欺、強奪、賭け事、盗み、賄賂など)

     

2.次回第16回目は、「禁欲」と「強欲」を取り上げます。イスラーム当初より禁欲は極めて重視されてきました。それは信仰そのものと裏腹であることを確認することは、現代日本の過美・飽食文明への反省材料となるでしょう。関心の向きは是非ご参集ください。